腎疾患に対する話題の新薬

  1. ホーム
  2. 腎疾患に対する話題の新薬

「慢性糸球体腎炎や糖尿病性腎症など腎臓病の患者さんは、一旦腎機能が低下し始めると回復することがなく、進行を抑える薬もない」とよく言われてきました。現在年間約4万人の腎臓病の患者さんが透析療法を必要とする末期腎不全に陥っています。しかし、近年腎炎の活動性を抑えたり、慢性腎臓病 (CKD)の進行を抑えるお薬が続々と開発されており、今後は末期腎不全に至る患者さんが少なくなっていくことが期待されています。

1. 腎臓病の進行を抑えるお薬

1-1. SGLT-2阻害薬 (当科で治験実施)

糖尿病治療薬であるSGLT-2阻害薬は、尿細管 (「腎臓の構造」参照)でのブドウ糖の再吸収を抑えて尿中に排泄させ、血糖を下げるお薬です。ブドウ糖の再吸収を抑えると同時にナトリウム (塩分)の再吸収を抑えることから、結果として輸入細動脈が収縮し、糸球体内圧を低下させることにより腎保護作用を発揮すると考えられています (「透析導入阻止を目指した慢性腎臓病の管理」の3-2. 降圧療法をご覧ください)。2020年に発表されたDAPA-CKD試験における腎イベント抑制効果は44%と報告されています(図1)。わが国においても2021年8月ダパグリフロジンが糖尿病合併の有無を問わずCKDに対する腎保護薬として認可され、急速にその使用が広がっています。

図1. SGLT-2阻害薬であるダパグリフロジンの腎保護効果を証明した臨床試験 (文献1より引用・一部改変)
図1. SGLT-2阻害薬であるダパグリフロジンの腎保護効果を証明した臨床試験 (文献1より引用・一部改変)

1-2. ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬 (当科で治験実施中)

ミネラルコルチコイドは、腎臓の尿細管において塩分再吸収を増加させ、血圧を上昇させます。さらに、腎臓や心臓の細胞を線維化(わかりやすく言うとケロイドのような状態になること)させることで、腎臓や心臓の機能を低下させます。ですので、ミネラルコルチコイドの作用をブロックすることは慢性腎臓病や心臓病特に心不全の患者さんでは非常に重要な治療戦略となります。

図2. ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬であるフィネレノンの腎保護作用を証明した臨床試験 (文献2より引用、一部改変)
図2. ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬であるフィネレノンの腎保護作用を証明した
臨床試験 (文献2より引用、一部改変)

2. 腎炎の活動性を抑えるお薬

2-1. IgA腎症に対する抗APRIL抗体薬 (当科で治験実施中)

IgA腎症の発症には様々な因子が関わっていますが、その中の一つに異常なIgAを産生する免疫細胞を刺激するAPRIL
(A PRoliferation Inducing Ligand)という物質があります。シベプレンリマブは、APRILに対するヒト化モノクローナル抗体であり、異常なIgA産生を抑えることができ、IgA腎症の活動性を低下させることが期待されています。

図3. IgA腎症患者に対する抗APRIL抗体の尿蛋白減少効果 (文献3より引用、一部改変)
図3. IgA腎症患者に対する抗APRIL抗体の尿蛋白減少効果 (文献3より引用、一部改変)

2-2. IgA腎症に対するエンドセリン受容体拮抗薬+アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬の
合剤 (当科で治験実施中)

エンドセリンはもともと強力な血管収縮作用があることから、エンドセリン受容体拮抗薬は当初降圧薬としての開発が期待されましたが、近年エンドセリン受容体拮抗薬の腎保護作用が注目されています。アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬はすでに腎保護作用を有することが証明されており (「透析導入阻止を目指した慢性腎臓病の管理」の3-2. 降圧療法をご覧ください)、これら2つの薬剤の合剤であるスパルセンタンは、より強力な腎保護作用が期待されています。図4はスパルセンタンとアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬であるイルベサルタンの尿蛋白減少効果を比較した診療試験の結果です。

図4. 進行性IgA腎症に対するスパルセンタンの尿蛋白減少効果 (文献4より引用、一部改変)
図4. 進行性IgA腎症に対するスパルセンタンの尿蛋白減少効果 (文献4より引用、一部
改変)

3. 腎性貧血治療薬: 低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素 (hypoxia inducible factor-prolyl hydroxylase: HIF-PH) 阻害薬(当科で
治験実施)

細胞が酸欠状態に陥ると、生き延びるために細胞内で低酸素誘導因子 (HIF)というたんぱく質を安定化させます (HIFは酸素が十分ある状態では、プロリン水酸化酵素 (HIF-PH)という酵素によって細胞内ですぐに分解されてなくなります)。腎臓でHIFが安定化すると、エリスロポエチンが分泌されます。さらにHIFが安定化すると、細胞内にため込んでいる鉄 (赤血球を作るときの材料になります)が細胞外に放出され骨髄に運ばれるため、エリスロポエチンの刺激と相まって赤血球の産生が活発化します。HIF-PH阻害薬はHIF-PHの作用を抑えて、細胞内でのHIFを安定化させる薬です。例えるとHIF-PH阻害薬は、細胞を酸欠状態に陥ったと錯覚させるお薬と言えます (図5)。

腎性貧血は腎臓の働きが低下することで腎臓からのエリスロポエチンの分泌が不十分となることが主な原因ですので、HIF-PH阻害薬は腎性貧血の治療薬として2019年11月に発売されました。これまで、腎性貧血の治療薬は1990年に遺伝子組み換えヒトエリスロポエチン製剤が発売され、その後少し改良を加えて持続時間を長くした製剤 (ダルベポエチンアルファやエポエチンベータペゴルなど)も開発されましたが、いずれも注射薬でした。HIF-PH阻害薬は経口投与の薬剤であり、注射のための通院が不要となりました。現在5種類のHIF-PH阻害薬が使用されています (「透析導入阻止を目指した慢性腎臓病の管理」の3-6. 腎性貧血に対する治療も参考にして下さい)。

図5. 低酸素誘導因子 (HIF)とプロリン水酸化酵素 (PH)による低酸素状態への対応
図5. 低酸素誘導因子 (HIF)とプロリン水酸化酵素 (PH)による低酸素状態への対応

4. リンを低下させるお薬: ナトリウム・水素イオン交換輸送体 (NHE3)阻害薬

NHE3阻害薬は腸上皮細胞にあるナトリウム・水素イオン交換輸送体をブロックすることで、腸上皮細胞同士のタイトジャンクションの構造が変化し、腸管内のリンが傍細胞経路を通れなくすることで、リンの吸収を抑えるお薬です (図6)。

図6. 腸管における傍細胞経路からのリンの吸収
図6. 腸管における傍細胞経路からのリンの吸収

5. カリウムを低下させるお薬

腎機能が低下すると腎臓からカリウムを排泄しにくくなります。血清カリウム値が高くなると(高カリウム血症)、不整脈や突然死の危険性が高まります。また腎機能を保護するためのレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系 (RAAS)阻害薬を内服することで (「透析導入阻止を目指した慢性腎臓病の管理」の 3-2. 降圧療法をご覧ください)、さらに血清カリウム値が高くなります。
そこで、カリウム制限をしても血清カリウム値が5.5mEq/L以上の患者さんでは血清カリウム値を低下させるお薬が必要となります。従来食事中に含まれるカリウムを腸管内で吸着し、便に排泄させるお薬が使われてきましたが、薬の量も多くて飲みにくく、便秘などの消化器症状が多く、患者さんには好まれないお薬でした。
近年比較的内服しやすく、量も少なくカリウム吸着効果もすぐれたお薬が開発されています。

図. レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系阻害薬内服中のCKD患者さんに対するPatiromerの効果 (文献5より引用・一部修正)
図7. レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系阻害薬内服中のCKD患者さんに
対するPatiromerの効果 (文献5より引用・一部修正)

当科は大阪府下の医療機関の中で、腎臓病に対する新薬治験を最も多く実施しており、全国でもトップクラスです。新薬の効果と安全性を確認するための治験は、患者さんの協力がなければ成り立ちません。これまで40年以上にわたって新薬の治験に多くの患者さんに参加していただき、貴重なデ-タを提供いただいたおかげで、先ほど紹介させていただいた腎性貧血を治療するお薬や腎機能低下を抑えるお薬さらには腎炎の活動性を抑えるお薬が世の中に登場することができました。今後も患者さんの治験に対するご理解とご協力をお願いする次第であります。

以上、話題の新薬について解説しましたが、腎臓病の進行を抑えるための基本は血圧管理と食事療法です。血圧管理と食事療法という土台があってこそ、これまで説明してきた新薬の効果が最大限に発揮されます。血圧管理と食事療法については、「透析導入阻止を目指した慢性腎臓病の管理」をご覧下さい。

文献

1) Heerspink HJL, Stefánsson BV, Correa‑Rotter R, et al. Dapagliflozin in patients with chronic kidney disease. N Engl J Med 383: 1436-1446, 2020
2)Bakris GL, Agarwal R, Anker SD, et al. Effect of finerenone on chronic kidney disease outcomes in type 2 diabetes. N Engl J Med 383: 2219-2229, 2020
3) Mathur M, Barratt J, Chacko B, et al. A Phase 2 Trial of sibeprenlimab in patients with IgA nephropathy. N Engl J Med 390: 20-31, 2024
4) Rovin BH, Barratt J, Heerspink HJL, et al. Efficacy and safety of sparsentan versus irbesartan in patients with IgA nephropathy (PROTECT): 2-year results from a randomized, active-controlled, phase 3 trial. Lancet 402: 2077-2090, 2023
5) Weir MR, Bakris GL, Bushinsky DA, et al. Patiromer in patients with kidney disease and hyperkalemia receiving RAAS inhibitors. N Engl J Med 372: 211-221, 2015

ページ上部に戻る