股関節の病気と治療、 人工股関節手術

よくみられる症状

一般的には、足の付け根から太ももに痛みを感じることが多いですが、時にはお尻や膝まで痛むことがあります。多くの場合、痛みは歩いていたり股関節を動かしたときに感じますが、病気が進行していたり、はげしく動いた夜などはじっとしていても疼くことがあります。足を引きずったり(跛行)、足の長さが左右で違ってきたり、関節の動きが悪くなったりします。痛みのため歩ける距離や他の動作が制限されてきます。時に痛みは腰が原因として股関節の病気が見逃されることもあるので、注意が必要です。

以下のチェックポイントにあたるときは、股関節の病気の可能性があります。

  • 特に足の付け根に痛みを感じる
  • 足の長さが左右で違う
  • 関節の動きが悪い
  • 歩行時に足を引きずる

代表的な病気

変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)

図1:股関節の構造

図1:股関節の構造

股関節は大腿骨の丸い骨頭(ボール)が骨盤側の寛骨臼(ソケット)に組み合わさり、両方の骨の端は軟骨とよばれる非常になめらかな組織で覆われ、体重を支えたりなめらかな股関節の動きができるように重要な役目を果たしています(図1)。

変形性股関節症は、関節軟骨が変性し、すり減りを起こすことにより、関節に炎症反応がひきおこされ、痛みや骨頭・寛骨臼の変形をきたすようになります(図2)。股関節の障害をひきおこす病気として頻度が最も高いのが、変形性股関節症です。

図2:変形性股関節症の進行。右側ほど、関節軟骨はすり減り、股関節症は進行している。

図2:変形性股関節症の進行。右側ほど、関節軟骨はすり減り、股関節症は進行している。

図3:健康な股関節(左)に比べ、寛骨臼形成不全(右)では、骨頭に対する寛骨臼のカバーする範囲(赤線)が狭い。

図3:健康な股関節(左)に比べ、寛骨臼形成不全(右)では、骨頭に対する寛骨臼のカバーする範囲(赤線)が狭い。

大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)

図4:骨頭がつぶれた(矢印) 大腿骨頭壊死症

図4:骨頭がつぶれた(矢印) 大腿骨頭壊死症

大腿骨頭の血のながれがとまり、部分的に骨頭の骨細胞が死んでしまう(壊死といいます) 病気です。最初は骨頭の形や軟骨は正常で痛みもありませんが、死んだ骨がつぶれると関節が変形し、痛みや歩行障害が発生します(図4)。男性ではアルコール多飲、女性では他の病気の治療(全身性ループスエリテマトーデスなど)でのステロイド使用歴を持たれる患者様が多いとされますが、それらを含め骨頭の血の流れが止まる理由はほとんどが原因不明(特発性)です。

壊死の範囲が小さければ経過観察か骨頭の骨切り術をして壊死のないところで体重を支える手術をしますが、 骨頭の破壊が進めば人工股関節が必要になります。

関節リウマチ

免疫異常によって体の中の正常組織を傷害する物質(自己抗体)が産生されることによっておこる病気で、全身のあらゆる関節が影響を受けます。 治療の基本は内科的治療(薬物治療)で、近年生物学的製剤の導入に伴って治療成績が向上しています。しかし股関節や膝関節など脚の大関節に病気が及ぶと、 痛みが出て歩行などの日常生活動作が著しく制限されます。このような方は人工股・膝関節置換手術が有効となります。痛みを我慢しすぎると骨がどんどん痛んできて、手術がしにくくなることがあり、 手術のタイミングが重要です。当院では免疫・リウマチ科との連携により多くのリウマチの方の人工関節を行っております。

大腿骨寛骨臼インピンジメント(femoroacetabular impingement:略してFAIといいます)

股関節の寛骨臼や大腿骨頭に余分に骨が張り出している部分があるため、しゃがみこみなどの動作で骨頭と寛骨臼が繰り返し衝突しやすくなり、寛骨臼周囲に付着している関節唇や関節軟骨がいたみ、股関節痛が生じる病気です(図5)。レントゲンやMRI, CTなどの詳しい画像検査で、余分な骨の張り出しや関節唇の断裂の評価が必要になります。従来では股関節痛がありながらレントゲンでのあきらかな異常がなく原因が不明とされた症例の中には、FAIや関節唇の断裂が原因と考えられる症例が含まれています。最近、普及しつつある股関節鏡手術により、関節唇の縫合や骨の張り出しを削る治療がされるようになっています。

図5:大腿骨寛骨臼インピンジメント 引用:Houston Methodist Leading Medicine

図5:大腿骨寛骨臼インピンジメント
引用:Houston Methodist Leading Medicine

治療法

保存療法

保存療法には、生活指導(体重コントロールや杖の使用など)、運動療法(筋力訓練やストレッチング、水中運動など)、温熱療法、薬の服用などがあり、患者さんの全身状況や病気の状態をもとに、適する保存療法をまずおこなってみることは大切です。
ただし、手術をおこなわない保存療法だからといって必ずしも安全ではありません。運動療法にしても、変形性関節症が進行している場合負荷の強い運動はかえって関節症を悪化させたり、薬の使用も胃腸障害や腎臓障害・喘息発作などの副作用をひきおこす可能性があります。保存療法をおこなっている間も、定期的に病院・医院でレントゲン検査など関節障害の進行性や治療効果がどの程度あるのか、副作用はみられないかなど、診察をおこなうことが必要です。

人工股関節置換術(THA)

図6:代表的な人工股関節のしくみとレントゲン写真

図6:代表的な人工股関節のしくみとレントゲン写真

関節障害が進行し、保存療法をおこなっても十分な効果がなく、歩行や日常的な動作、仕事や社会活動に支障が強い場合、人工股関節置換術が痛みを取り除き、歩く力を取り戻すきわめて有効な治療法となります。

人工股関節全置換術は、股関節の損傷している部分を人工股関節(インプラント)に置き換える手術です。人工股関節は、カップ、骨頭、ステムからできています(図6)。カップは金属、カップの内側にはめこむインサートは医療用プラスチック(超高分子量ポリエチレン)を用いることが多く、カップ全体がプラスチックでできているものや金属のみでできているものもあります。ステムは骨頭を大腿骨に固定する橋渡しをしており、金属でできています。

手術は全身麻酔でおこない、翌日にはベッドから離床しリハビリテーションをすすめ、おおむね手術後2週間程度で退院となります。

手術を受けるに際しては、発生する頻度はどれも低いですが、理解しておいていただきたい危険性(合併症)に、術後感染(病原菌により膿んでしまうこと)、脱臼(関節がぬけてしまうこと)、深部静脈血栓症(下肢の静脈内に血のかたまり(血栓)ができること)などがあります。当院では、感染予防策として、手術室は高い清潔度が維持できるクリーンルームを使用し、 術者も宇宙服のような特別な手術着を着用して術者から細菌が入らないようにしています。脱臼予防策として、全例でコンピュータナビゲーション手術を用いて、最も脱臼しにくい角度に正確にインプラントを固定しています。深部静脈血栓症予防策として、手術中の弾性包帯着用、手術直後からの間欠的空気圧迫装置による下肢血流の促進などをおこなっています。

骨切り手術

寛骨臼形成不全(臼蓋形成不全)の患者様で、股関節の痛みはあるがレントゲン検査で関節障害があまり進行していない段階では、人工股関節に入れ替えずに、骨切り手術により治療することができることがあります。
骨切り手術の中で代表的な寛骨臼回転骨切り術(図7)では、寛骨臼をくりぬいて、角度・位置を変え体重を支える大腿骨頭のカバーされる部分を増やし、関節軟骨や関節唇への負担の集中を減らします。股関節の痛みを解消し、将来的な変形性股関節症に進行する危険性を減らすことができます。

図7:寛骨臼回転骨切り術(緑の部分をくりぬいて移動し、骨頭をカバーする範囲を増やします)

図7:寛骨臼回転骨切り術(緑の部分をくりぬいて移動し、骨頭をカバーする範囲を増やします)

手術後は4-6週間かけて手術した側の脚にかける体重を徐々に増やしていきますので、人工股関節手術よりリハビリテーションの期間はかかります。また手術も、骨を切る位置や切った骨を移動する角度など細かい手術手技が、手術後の成績に影響を及ぼします。当院では、患者様ごとにCTから3次元のコンピュータ骨盤モデル上で骨を切る位置を計画し、手術中コンピュータナビゲーションを活用して、正確な手術ができるようとりくんでいます。

股関節鏡手術

図8:股関節鏡手術

図8:股関節鏡手術
引用:Rahul Patel

大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI)や股関節唇の障害に対して、最近は股関節鏡下に痛んだ関節唇の縫合(縫い合わせること)や骨の張り出しを削る手術ができるようになりました。股関節鏡の手術は、皮膚に2、3の小さな穴を作成しそこから関節鏡や縫合の器具を出し入れすることにより、皮膚や筋肉を大きく切開することなく治療することのできる技術です(図8)。対象となる患者様は軟骨障害が進行していない、明らかな寛骨臼形成不全がない、などの条件にあう方に限定されます。
当センターでは股関節鏡手術をおこなっておりますので、大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI)や股関節唇の障害と思われる方は、ご相談ください。

先進的治療法(コンピュータナビゲーション手術)

3次元手術計画、手術シミュレーション

図9:3次元手術計画(青色部分が骨盤側のインプラント)

図9:3次元手術計画(青色部分が骨盤側のインプラント)

人の顔の形がいろいろあるように股関節や膝関節の形も人それぞれです。人工関節にも様々な種類がありますが、その中から患者様の骨関節の形に最適の人工関節を選択することは、ある意味で手術以上に重要なことと考えています。
当センターでは術前CTを撮影し、その人にとって最適な機種、サイズの人工股関節を選択して手術を行っています(図9)。3次元手術計画を基にすることで、手術後どの程度足の長さが変わり、どの程度関節を曲げたり捻ったりしても大丈夫か、というシミュレーションができます。

コンピュータナビゲーション手術

図10:ナビゲーション手術の風景

図10:ナビゲーション手術の風景

車の運転には欠かせないものとなったナビゲーション技術ですが、近年手術をより正確に行うために人工関節手術用のナビゲーションが導入され、平成21年6月より当院でも人工股関節手術で使用しています(図10)。ナビゲーションを使用することで、患者さんにとって理想的な術前計画通りの手術が実際に手術中に非常に正確に再現性高く行えるようになりました(図11)。人工関節の長持ちにも有利で、手術前のシミュレーションと組み合わせることで、安全に和式の生活動作も許可できるようになります。
平成28年4月より、骨きり手術用のナビゲーションも導入され、正確に安全に骨盤の骨切りができるようになりました(図12)。

図11:ナビゲーションでインプラントの設置状況がその場で表示される(オレンジ)

図11:ナビゲーションでインプラントの設置状況がその場で表示される(オレンジ)

図12:骨きり手術用のナビゲーション(骨を切っている部分が表示される)

図12:骨きり手術用のナビゲーション(骨を切っている部分が表示される)

手術後の生活

退院後は、股関節周囲の筋力が回復していれば、おおむね普通の歩行・動作ができるようになります。腰椎や膝関節の障害の有無にもよりますが、多くの患者様はしゃがむ、正座などの動作もされています。
スポーツ・レクリエーション活動については、一般的にレクリエーションレベルで衝撃のかからないスポーツへの参加が推奨されています。アメリカ股関節学会ではゴルフ、水泳、ウォーキング、ハイキング、ボウリング、エアロバイク、サイクリング、ダブルステニス、軽いエアロビ、社交ダンスなどは推奨され、スキー、クロスカントリースキー、スケートは経験者には許可、激しいエアロビ、野球、バスケット、フットボールは推奨できないとされています。